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過去に週末美術館で紹介いたしました作品をこちらでご覧いただけます。 |
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第112回美術展:寄生 作者:劉巍然 まだ20代の若き女性アーティスト・劉巍然による作品シリーズ「寄生」は文字通り、寄生することで命をつなぐ昆虫をモチーフに、ポストコロニアル文化の特徴を体現したものだという。 |
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第111回美術展:拆と逝 作者:JOMEN 取り壊されつつある民家のがれきの上で、ドレスアップしたモデルたちがポーズを決める「拆と逝(取り壊しと消失)」。廃墟で我を失う、こっけいなばかりに華やかな人形たちは、二度と戻らぬものと引き換えにした文明の姿そのものだ。 |
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第110回美術展:現代文明の犠牲者 作者:項仕中 古典的、写実的表現手法を用いながら強い中国的な色彩を帯びた作品を世に送り出す画家・項仕中。「文明シリーズ・機械化時代」と題した作品では、文明に絡めとられた現代人の姿を投影している。 |
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第109回美術展:オールド上海 作者:aj000886 多くの人が思う上海のイメージと言えば、戦前の「魔都」と未来都市のような現代の姿、その二面性を想像することだろう。アマチュア写真家「aj000886」は、往時のクラシックな趣を色濃く残すロケーションを選び、そこかしこで見られるその二面性を捉えた。 |
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第108回美術展:自分を見つめる 作者:王岩 シルクスクリーン作家の王岩は、日常の些末な事柄から感情的体験や気づきを得る鋭い感性の持ち主。連作「状態」の中では、まさに自分自身に対してこれを見出している。 |
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第107回美術展:最憶西塘 作者:唐勁松 写真家・唐勁松が撮影のために訪れたのは、明清代の古民家が立ち並ぶノスタルジックな水郷・西塘。撮影を終え、夜が訪れると、漆黒の闇にはただ提灯のか弱いあかりが点々と散らばる。奥ゆかしいその風景に「隠すことの美しさ」を見出し、その感銘をそのまま表現した。 |
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第106回美術展:泡(バブル)の世代 作者:張豊田 中国に生まれながら、市場経済社会しか知らない世代がいる。それは「80後(バーリンホウ)」と呼ばれる、1980年代生まれの若者たち。80後世代の油彩画家・張豊田の作風の、その重みのなさは、彼らの執着の薄さや虚無感を表現しているのかもしれない。 |
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第105回美術展:魔界 作者:珈琲海岸 「写真はドキュメンタリーとアートの中間でありたい」と考える写真作家・珈琲海岸が発表した連作「魔界」には、どのようなメッセージが込められているのか?そこには、自然のもたらす神秘的かつ霊的な風景の裏に隠された意味があった。 |
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第104回美術展:夢のある現実、さびしげな現実 作者:劉丹暉 最も現代中国「らしい」風景―無味乾燥、没個性な風景―に忽然と出現する現実感のないモチーフたち。それは単調な現実から逃避したいという作者の願望を表しているのかもしれない。 |
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第103回美術展:イエンウー、2歳〜16歳 作者:袁燕舞 写真とも絵画ともつかないセルフポートレイト。作者の袁燕舞自身の、2歳から16歳の間に撮影された写真をベースにして描かれた作品には、ポップアートの洗練と懐古的なセンチメンタリズムが同居している。 |
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第102回美術展:鳥人 作者:朱侠 トップクラスの俳優を多数輩出する名門・北京電影学院卒業のイケメン。俳優、ギタリストなどを変遷して、たどり着いたのは一眼レフのカメラ。朱侠は同世代の若者だけを被写体とした撮影活動に夢中のようだ。 |
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第101回美術展:静寂の声 作者:楊世斌 人の手で描かれた純然たる絵画のはずなのに、まるでひとつの画像をコピー&ペーストしたかのような人物の顔たち。嘆き、あるいは苦痛の表情に見えるが、無感情のようにも見え、官能の喜びで弛緩しているようにも見える。 |
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第100回美術展:ミクロの世界 作者:柳斯 自然界の片隅で起こっている花卉や昆虫のミクロな世界を主に撮影している柳斯。彼らの世界では、わたしたちが通常うかがい知ることのないデリケートで睦まじい愛情生活が営まれているという。 |
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第99回美術展:廃車に見る絶望、希望 作者:董宇山 中国人離れした洗練された色彩感覚でポップアート調の作品を展開する油彩画家の董宇山。その作風とは裏腹に、好んで描かれるのは打ち捨てられた廃車だ。しかし作者はその廃車の中に、いのちの弱さとともに、無限の可能性も見出だしている。 |
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第98回美術展:中国人が見た日本の春 作者:朱不二 03年に留学生として来日して以来、好奇心をたたえた目線で日本の四季や風物、暮らしの風景を見つめ続ける朱不二さん。その驚きや喜びを伝えたいと08年にカメラを握り、09年からはウェブを通じてその作品を発表している。 |
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第97回美術展:バニーガールの物語 作者:柏雨 ポートレイトを中心に活動する若手女流フォトグラファー・柏雨は、“自分撮り”が大好きなギャル文化やコスプレ文化など、日本のカルチャーの影響も色濃く感じさせる作品世界で、自分自身の変身願望をためらうことなく思いきりストレートに体現している。 |
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第96回美術展:レジャーシート 作者:郭凱軍 中国では日本以上に生活に密着している赤・白・青三色のレジャーシート。時には建築現場を覆うシートとして、時には肉体労働者の住まいとして。これをモチーフに、油彩画家の郭凱軍は社会の片隅、あるいは最下層の生態をあぶりだす。 |
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第95回美術展:Japanese Red 作者:譚源 来日10年、留学や就業を通じて日本各地を巡り、その文化に触れてきた中国人・譚源が、趣味の写真を通じて「自身で感じた日本」を表現した。「赤」という色を通じて両国の違いを浮き彫りにする。 |
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第94回美術展:被写体の薄い写真の美 作者:吟寂 「写真は捉えた画面の外側にあるものを追究しないとならない」と語る写真家の吟寂。彼の作品は、個々の被写体にフォーカスしているというよりも、画面に写りこんだ各要素で成り立つコンポジションに重きが置かれている。 |
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第93回美術展:中国チベット、ヤムドク風光 作者:張自都 清冽な自然を抱く風景写真を代表作とする写真家・張自都。チベット三大聖湖・ヤムドク湖を撮影した「中国チベット、ヤムドク風光」は、現実の風景なのか、作者自身の想像の世界なのか、その境界線がわからなくなるほど浮き世離れした聖地の光景を映し出している。 |
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第92回美術展:愛蓮説 作者:青島胡子 宋代の儒学者・周茂叔の詠んだ詩「愛蓮説」。写真家・青島胡子はその「愛蓮説」に感銘を受け、蓮の写真を撮り続けている。 |
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第91回美術展:一陣の風 作者:厳支勝 風の中にひらひらと舞う洗濯物。どこでも見られる日常風景だが、油彩画家・厳支勝はその中に、都市生活における心のありようを投影した。 |
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第90回美術展:いつか見た風景 作者:鐘[巾韋] 荒涼とした風景に漂う懐かしく切ない抒情。いつかどこかで感じた心象風景を現実の風景の中に追い求める鐘[巾韋](ジョン・ウェイ)の写真作品は、かつて読んだ本、観た映画、聴いた音楽、愛した人の印象や面影を溶け込ませ、彼の心を象徴する抽象画に仕立てられている。 |
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第89回美術展:青銅器 作者:江遠強 江遠強の「青銅器シリーズ」と名付けられた油彩画の連作。青銅器時代の中国をテーマにしながら、完全に洋画の技法で描かれている点や、多国籍なモチーフが奇妙に共存している点、歴史を描いているようでいておよそ現実からかけ離れている点など、非常に混沌とした作品だ。 |
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第88回美術展:無題2008 作者:榮榮&映里 中国人写真家の榮榮と日本人写真家の映里によるユニット「榮榮&映里」は、国籍・性別を異にする2人の文化をぶつけあい、融合させて、新たな創作スタイルを生んだ。その表現媒体は主に作者自身の身体である。 |
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第87回美術展:いつわりの飢餓感 作者:徐香林 「言語化できない感覚」の隠喩である“手”を繰り返しモチーフとして使用するアーティスト・徐香林。指輪をはめた手足にフォーカスした連作「偽りの需要」は、限りなく肥大する物欲に絡めとられる人間の姿を現したものだという 。 |
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第86回美術展:豊かな大地を語る野菜たち 作者:盧開宇 風景や人物を被写体とした紀行写真を発表し続けるフォトグラファー、盧開宇の作品。しかしとりわけ目を惹くのは、日常的に食べられている変哲のない野菜を被写体とした、ある緑いっぱいの写真だ。 |
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第85回美術展:記憶のパズル 作者:熊輝 チベットの神聖さ、純潔、気高さ、寂寞に魅せられ、それらをレンズに捉えた写真家・熊輝。かの地を包む清閑な自然と神聖な仏教の香りを引き立てているのは、強烈な闇の黒だ。 |
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第84回美術展:変わるウイグルの大地、変わらぬ心 作者:パーアルハーティー 随意に筆を走らせ、生まれ育ったウイグルの大地をそのまま体現したような作品を訥々と描き続ける油彩画家・パーアルハーティー。社会の経済発展が及びはじめた故郷の生活の変化を心のままに、創作に表出している。 |
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第83回美術展:江西民居小品 作者:姫虎 中国・江南地方の伝統的民家群をファインダーに収めた写真家・姫虎。とはいっても、作中ではその建物の一部のみを切り取っており、ほとんど抽象的と言ってもいい。来訪者を拒む生活者たちの息づかいが、かすかに感じられるばかり…そんな閉塞的な空間を想起させる。 |
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第82回美術展:見果てぬ少女の夢 作者:劉美然 劉美然の作品全体を通して使われるピンクやオレンジは、夢見がちな女性の内心世界を象徴するかのよう。理想の女性像をいつまでも夢想していたい、そんな少女の気持ちがこぼれ出ている。 |
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第81回美術展:ニード・フォー・スピード 作者:付帥 学生ながらに08年の卒業制作「極品飛車」シリーズで韓国・釜山国際環境芸術祭にも参加したという新進気鋭の油彩画家・付帥。人気ゲームからタイトルを拝借した連作だが、レースゲームのもたらす興奮やスリルからはほど遠い面持ちの作品となっている。 |
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第80回美術展:山、岩、氷 作者:紫笛依揚 クライマーであり、フォトグラファーであり、コラムニストでもある紫笛依揚は、過酷な自然に挑むクライマーたちの姿をファインダーに収める。しかし、同時に「自然界の中の人間とは、所詮ちっぽけな存在」と達観している―そんな姿勢をうかがわせている。 |
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第79回美術展:重慶記憶 作者:張益昇 西洋絵画の陰影表現を取り入れたメリハリのある水墨画を展開する張益昇。高層ビルの森林が連なる内陸都市・重慶の風景を、伝統にとらわれない新しい感性で描いている。 |
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第78回美術展:風雪の長城を行く 作者:Snooker 万里の長城の中でも、峻けんな山肌を縫う変化に富んだ表情が魅力の箭扣長城を写したSnookerの作品「風雪の長城を行く」。濃霧の立ちこめる背景に長城の稜線をくっきりと浮かび上がらせ、その自然の厳しさと歴史の重みをさらに際立たせている。 |
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第77回美術展:水雲間 作者:趙杰 水墨画の世界では異色の裸婦をモチーフに、まるで線画のイラストレーションのような作品を描く趙杰。正統派の絵画に比べれば線の細い画風だが、ほどよくラフな洗練と現代性を感じさせる。 |
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第76回美術展:無垢なる素描 作者:蒋長虹 素描のような素朴さ、軽やかさがあり、まるで誰にも見せないスケッチブックの1ページを繰っているようだ。油彩画家・蒋長虹の作品は無欲な趣で、油彩画の質感と水彩画の透明感がうまく同居している。 |
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第75回美術展:徽州、ある種の郷愁 作者:許宇暁 明清代の趣を色濃く残す古村が点在する安徽省南部。自然と人為の融合美をたたえるこれらの村落は近年、観光開発の波にのまれつつある。アマチュア写真家の許宇暁は、いずれ印画紙の中だけに存在するものになるかもしれないその原風景を毎年、カメラに収め続ける。 |
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第74回美術展:苦境の中のユートピア 作者:厳栄華 全国の山河を自らの足で駆けめぐる撮影旅行を続ける壮年カメラマンの厳栄華。とくに峻けんなチベットの地に惹かれ、荒涼たる山地に潜む桃源郷をカメラに収めている。 |
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第73回美術展:凝固 作者:姜中立 「非絵画」と呼ばれる抽象表現がメインストリームの中国アート界で、具象表現に磨きをかける油彩画家・姜中立の作品は否が応にも目を引く。その作品群で姜が意図するのは「距離感のあるリアルさ」「見知らぬ現実」だという。 |
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第72回美術展:花よりも美しく 作者:盧正マ 「人は花の美しさを称賛するが、わたしは樹に繁る葉を賛美したい」。そんな思いで描かれる盧正マの作品は、確かにみずみずしく華やかな花卉とは趣の違う美しさを訴えてくる。 |
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第71回美術展:大地の歌 作者:張濤 デジタル時代をいち早く踏み出した感のある編集者兼記者カメラマンの張濤。しかし、大自然を捉えたその作品群は、写真が小さな光の粒子の集まりであることを感じさせてくれるようなザラつきや色彩のにじみをはらんでいる。 |
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第70回美術展:故宮雪景 作者:高瑋 北京周辺の名勝や風物を被写体とする写真家・高瑋(ガオ・ウェイ)の作品は、まるで図鑑や資料のような規律正しさを持っている。その皮膚感覚すら感じさせない冷たさが、中国建築にはふさわしい表現方法なのかもしれない。 |
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第69回美術展:おとなしい女子の希薄な日常 作者:張艶 「感情を自在に吐き出すこと」を信条とする若手作家・張艶の作品が描く日常は、画紙が透けて見えるほどの希薄な絵具で描かれており、生命感や若者らしさ、現実感に乏しい。しかし、この「薄さ」こそが中国の若者世代の特徴を如実に表しているのかもしれない。 |
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第68回美術展:截画道 作者:王疆 北京を拠点に活動する若手油彩画家・王疆は、中国の伝統的フォークアートの要素をもりこみ、マティスの影響も見て取れる「ちぎり絵」の手法で創作を展開している。即興性やライブ感あふれる創作過程が魅力だ。 |
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第67回美術展:虫けらたちの欲望 作者:範佳 童話的な作風で展開される油彩画家・範佳の作品は、ファンタジックな世界の中に、欲望に溺れる愚かな人間像を閉じこめている。まさに“虫けら”のように小さな存在として描かれている人間たちが行きつく先は、どこなのか? |
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第66回美術展:アンドロイドの怒り 作者:林欣 人の手で描いた温かみや有機的な筆致とは無縁の林欣の油彩画作品。まるで皮膚感のない女性のアンドロイドたちは、その中に、底はかとない妖艶さや女性の情念を漂わせる。 |
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第65回美術展:碧雲の空、黄葉の大地、格別の秋景
作者:余晋林 20年近いキャリアの中で、ポートレイトをメインに創作を続ける写真家の余晋林(ユー・ジンリン)。常に新しいアイディアと強い個性を追求する作家だが、初めて着手した風景写真は、パリっとした画面の中に温かみある自然の色彩が...... |
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第64回美術展:四川はなおも美しい 作者:靳衛 四川省出身のプロカメラマン・[革斤]衛(ジン・ウェイ)は一貫してふるさとの風景を撮り続けている。豊かな自然風土に囲まれた四川省は、九寨溝、青城山、都江堰などの世界遺産も有し...... |
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第63回美術展:枯れ蓮の美 作者:李碧紅 女性に関する自身の定義や、社会における女性問題などをキャンバスに綴る女流油彩画家の李碧紅(リー・ビーホン)。近年は滅びゆくものの「残欠の美」を蓮の花に投影した作品に打ち込んでいる...... |
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第62回美術展:終わる夏に一筋の陽光 作者:李鴻飛 企業の専属カメラマンとして活動する李鴻飛(リー・ホンフェイ)は商業活動の傍ら、主に花や植物をモチーフとした個人的創作を続けている。01年ごろからはCGと写真をミックスした作品を発表し続けているが、その作風はむしろアナログ感の感じられるもので、油彩画家出身らしいテイストと...... |
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第61回美術展:越界 作者:崔雪涛 「80年代生まれの若手水墨画家のうちにあって極めて重要な人物」「現代カルチャーの世界と伝統的な文人気質の間を自由に往来するアーティスト」と評される崔雪涛(ツイ・シュエタオ)。水墨画とカテゴライズされてはいるが、その作品に登場する人物は...... |
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第60回美術展:静かなる故郷 作者:恒父 「恒父(ハンフー)の作品世界は、『禅』という一言が体現するように思う」。アートシーンで活躍する若手編集者兼カメラマンの傅為新氏は、フォトグラファー・恒父を簡潔にこう評した。その心は静かで涼やか、一点の曇りなく、超然として自由闊達の境地に...... |
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第59回美術展:前へ進め 作者:王飛 中国西部の美しくも厳しい大地を自身の足で一歩一歩踏みしめ、雄大な自然とそこにつつましく暮らす少数民族の人々をカメラに収め続ける紀行写真家・王飛(ワン・フェイ)。その足跡を「前へ進め(前往前方)」と題して綴った連作は、過酷な自然の中にあっても未来への希望を...... |
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第58回美術展:恐るべき神童 作者:田地 彼のような画家を、すでに成熟した芸術家と呼んでいいのか、あるいは無邪気な神童と呼ぶべきなのか。9歳の小さな画家・田地(ティエン・ディー)の作品はそう逡巡させるほどに、のびのびと奔放な子供らしさをみなぎらせながら、しっかりとした完成度を...... |
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第57回美術展:顔なき人々の世界 作者:崔雪涛 「80年代生まれの若手水墨画家のうちにあって極めて重要な人物」「現代カルチャーの世界と伝統的な文人気質の間を自由に往来するアーティスト」と評される崔雪涛(ツイ・シュエタオ)。水墨画とカテゴライズされてはいるが、その作品に登場する人物は...... |
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第56回美術展:遊園驚夢 作者:崔雪涛 「80年代生まれの若手水墨画家のうちにあって極めて重要な人物」「現代カルチャーの世界と伝統的な文人気質の間を自由に往来するアーティスト」と評される崔雪涛(ツイ・シュエタオ)。水墨画とカテゴライズされてはいるが、その作品に登場する人物は...... |
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第55回美術展:むき出しの絵の具にこめるむき出しの生命 作者:崔雪涛 「80年代生まれの若手水墨画家のうちにあって極めて重要な人物」「現代カルチャーの世界と伝統的な文人気質の間を自由に往来するアーティスト」と評される崔雪涛(ツイ・シュエタオ)。水墨画とカテゴライズされてはいるが、その作品に登場する人物は...... |
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第54回美術展:存在しない風景 作者:崔雪涛 「80年代生まれの若手水墨画家のうちにあって極めて重要な人物」「現代カルチャーの世界と伝統的な文人気質の間を自由に往来するアーティスト」と評される崔雪涛(ツイ・シュエタオ)。水墨画とカテゴライズされてはいるが、その作品に登場する人物は...... |
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第53回美術展:喜びはすぐそばに 作者:崔雪涛 「80年代生まれの若手水墨画家のうちにあって極めて重要な人物」「現代カルチャーの世界と伝統的な文人気質の間を自由に往来するアーティスト」と評される崔雪涛(ツイ・シュエタオ)。水墨画とカテゴライズされてはいるが、その作品に登場する人物は...... |
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第52回美術展:氷の国、増幅する自然美 作者:張馳 不自然である。美しく雄大な自然を写し取った写真であるが、ピントや色彩、陰影までもが不自然である。平たく言えば、合成写真のような。であるにも関わらず、自然の風景が実際以上に力強く、迫りくるようなリアルさやインパクトを増しているように見える...... |
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第51回美術展:日常を愛でる生活者の“視覚的日記” 作作者:蘇亜碧 粗末で平凡な民家の片隅、あるいはその窓の外に転がる数々の生活用品。簡素な電球やハンガー、櫛やカップなど。それらが遠近法を無視した画面の中で、時には背景に埋没しながら、支離滅裂に散らばっている。拙い筆致である。しかしながら、非常にストイックな色彩が...... |
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第50回美術展:胡蝶 作者:劉星 棒きれのように細く長い手足、サラサラの長い髪、キラ星の宿る大きな瞳。そんな少女像は、日本の多くの少女が長年憧れてきたマンガの中のヒロインと重なる。中国の80年代生まれ「80後」――海外の文化を抵抗なく受け入れ、個性重視で生きる彼らに...... |
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第49回美術展:写真の幻想、絵画のリアル 作者:麦哲倫 その写真は絵画のようである。風景写真家・麦哲倫(マゼラン)の作品を見て誰もが抱く印象であろう。「写真よりも幻想的で、絵画よりもリアルで、その両者よりも美しい」。そんな風に評されることもある...... |
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第48回美術展:女性性の光と影 作作者:張斌 その凹凸のない、傷ひとつないすべらかな肌は、美しいと言えようか、不気味と言えようか、あるいはそのどちらでもあるのか。まるで、骨格や筋肉のない肉体を脂肪だけがくるんだようなその肖像は、まるでいわゆる“女性性”と呼ばれるものだけを抽出して寄せ集めたかのようで...... |
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第47回美術展:故郷 作者:佟耀文 「伝統的な風景画の概念とは異なるかもしれないが、わたしはこれを現代の山水画と呼びたい」。主に故郷をモチーフとした風景画を描き続ける油彩画家のトン・ヤオウェン。その故郷の原風景は必ずしも写実的なものではなく、作家個人の心象に忠実に...... |
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第46回美術展:蓮池に見る夢 作者:鉄心 蓮池を油彩で描いた絵画と言えば、ほとんどの人がモネの作品を連想するだろう。やわらかな色彩と光に包まれ、夢見るように花開く睡蓮は、世界中の人々に愛されている。中国の若手油彩画家・鉄心(ティエ・シン)はあえて同じ素材を...... |
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第45回美術展:hero 作者:張春迎 絵筆の走った軌跡が感じられないほど均一に、丹念に塗りあげられたデリケートなキャンバス。ピンクや黄色を帯びた優しい灰色。しかし、女性らしい繊細さとやさしさが同居する中に展開する世界は痛々しく、悲しげな...... |
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第44回美術展:操り人形 作者:付豫 日本アニメの影響も感じられるような「キモかわいい」作品を展開する80年代生まれの画家・付豫(フー・ユー)。荒涼とした色彩やそこはかとなく漂う恐怖感、現実離れした世界観は、自己の内心そのものだというが、それはいったいどのような心象風景なのだろうか...... |
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第43回美術展:わたしの衣服 作者:張錳 絵画・写真・映像・インスタレーションなど多角的な創作活動を展開している作家・張錳(ジャン・モン)。「わたしの衣服」という油彩画の連作では、衣服という何の変哲もない日常的な物体に、個人の存在感をそっとしのばせている...... |
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第42回美術展:居場所を失った中国 作者:孔令偉 中国の伝統劇・京劇の登場人物が現代空間に忽然と現れる。油彩画家・孔令偉(コン・リンウェイ)のシュールな作品群には、コミカルでありながらどこかうすら寒い感じを覚える。所在なく困り果てている登場人物の様子には、居場所を失った中国のアイデンティティが...... |
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第41回美術展:二次元に宿る詩情 作者:許g 対象物の描写ではなく、画面全体の秩序構築に重きを置いた油彩画家・許g(シュー・チー)の作品。二次元構成に徹して編み出されたシンプルかつ静謐な空間は、作者自身の孤独・憂鬱・神秘への憧憬などを、寡黙に、しかし詩的に描き出す...... |
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第40回美術展:春暁 作者:但超 雨後の筍のように誕生している80年代生まれの中国人芸術家たち。世代特有の「自分本位」にフォーカスした作家が多勢を占める中、油彩画家の但超(ダン・チャオ)は、伝統文化が与える後ろ盾とプレッシャーを認識しながら創作を展開する出色の作家である...... |
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第39回美術展:円 作者:曽揚 物語を説明する古典的な連続画に、新たな意味合いを塗り重ねた若き画家・曽揚(ズン・ヤン)。彼は連続画に具体的なストーリーではなく、自身のあらゆる感覚や思想の断片をもりこみ、ひとつの立面図として構成した。それは終わりなく循環する精神世界の...... |
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第38回美術展:中国山水 作者:劉漢軍 きめの粗い画紙に油彩絵具を用い、かさついた質感の山水画を描く画家・劉漢軍(リウ・ハンジュン)。その目新しいテクスチャーに並び、意外なモチーフを画面にしのびこませる手法は、伝統画の審美基準に則した風格を持ちながら、現代的な手法がうまく調和したオリジナリティ溢れる...... |
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第37回美術展:生命体 作者:于飛 現代ドイツのアート界を代表するゲルハルト・リヒターという作家がこう言った。「抽象画は虚偽である。しかし、その虚偽こそが真実を明示する」と。次世代の中国アート界をになう抽象画家・于飛(ユー・フェイ)が、抽象画にこだわる意味はそこにあるといえよう。自らの内に秘めたすべてを...... |
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第36回美術展:女性の曼荼羅世界 作者:袁堃 まだ学生の身分であるという若き女流画家の袁堃(ユエン・クン)は、自身の中に眠る「女性性」を創作上の主題とし、原動力としている。「原始の女性」あるいは「男性優位によって抑圧される女性」が、作品の2大テーマだ。原始の女性とは、現代の男性社会において定義されるような...... |
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第35回美術展:私の中のうつろな目をした少女 作者:李静 「興の趣くままに筆を走らせたい」。それが若き女流油彩画家・李静(リー・ジン)の切なる願いである。作品の中の世界は、完全に自分1人の自由に属するものであり、現実からしばし逃れられる1つの空間であり、大人というものはしばしば、1人になれる時間を持ちたいものだ...... |
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第34回美術展:風まかせ 作者:馬沖 新進気鋭の油彩画家・馬沖(マー・チョン)はここ2年ほど、自身のライフワークである旅を題材とした作品に打ち込んでいる。こう聞くと別段新しい題材にも思えないが、その表現手法がデジタル時代にふさわしいユニークなものとなっている...... |
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第33回美術展:脳内妄想 作者:李然 90年代中後期、インターネットという媒体が我々の生活に入りこんで、世界は激変した。しかし、中国という国の激変ぶりは先進国各国が経験したそれとは比較にならないほど大きかった。世界の情報が流入し、それまでの伝統的観念やモラルは遠くに押しやられ...... |
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第32回美術展:すべての女性は花である 作者:夏雲超 若手女性画家・夏雲超(シア・ユンチャオ)の一貫した創作テーマは「すべての女性は花である」である。女性の人生のすべての瞬間にそれぞれの「花盛り」があり、また、すべての女性がそれぞれ自分だけの花を咲かせている。女性の情緒、女性の愛情観...... |
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第31回美術展:秘密の花園 作者:曽科 性をテーマとした芸術というものは、いつの時代もなくなることはない。若き油彩画家の曽科(ズン・コー)も例外ではない。後天的に認識される社会通念や常識感覚によって、多くの人間が意識の表層から本能を覆い隠してしまう中、性に関する欲望や妄想を...... |
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第30回美術展:私の枝 作者:張錳 絵画・写真・映像・インスタレーションなど多角的な創作活動を展開するアーティスト・張錳(ジャン・モン)。密閉されたプライベート空間と化した現代の家庭を表現する「家庭box」と題されたインスタレーション作品に代表されるように、時代の空気を的確に...... |
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第29回美術展:子宮の箱庭 作者:陳慶慶 90年代中後期に隆盛をきわめた「女性主義芸術」を代表する女流アーティスト・陳慶慶(チェン・チンチン)。愛情や生命などの主題を女性的な“感性至上主義”の視点から見つめ、理性に支配された世界に切り込んでいく...... |
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第28回美術展:中国人の原風景 作者:戴少龍 個人的な記憶、幻想、感情などを描いた「精神的」叙事詩に重きを置く「写意重彩画」。このジャンルを確立した戴少龍(ダイ・シャオロン)の作品の、主人公の多くは土臭い農民たちだ。戴少龍は彼らの姿に中国人本来の姿、精神の原風景を重ねる...... |
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第27回美術展:シルクロードに息づく色彩と造形 作者:秋野深 東は中国の古都・洛陽にはじまり、山々や砂漠を越え、異国情緒も濃厚な中央アジアのイスラム圏を通過し、西は欧州有数の文化の都・ローマへ続くシルクロード。大いなる大地が抱くこの長い長い道は、悠久なる歴史をたずさえ、人類の夢や欲望を背負い...... |
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第26回美術展:不感症の現代っ子が描く、確立された自我 作者:劉g 日々の感動もない。未来も見えない―そんな現代っ子が、ついに中国アート界にも登場した。学生生活を終えてわずか3年の新進水墨画家・劉g(リウ・チー)。生活の大部分が自宅に閉じこもり...... |
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第25回美術展:薄暗い青春 作者:涂少輝 次代の中国国画(水墨画)界を担う若き水墨画家・涂少輝(トゥー・シャオフイ)の、ここ2〜3年の成熟ぶりには目を見張るものがある。若者らしいみずみずしい感性で、青春期独特の孤独、挫折、不安、迷い、ゆらぎ…といった心象を画面いっぱいに...... |
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第24回美術展:死せる過去の記録 作者:鄭軼 今、スタートラインに立ったばかり、あるいはこれからスタートラインに立とうとしている若いフォトグラファー・鄭軼(ジョン・イー)。イタリアに学びながら、日々、自身の心象風景―とくに孤独感―をファインダーに収めたその写真は、若々しい清潔さと冬の寒風のような欧州の乾いた空気感が...... |
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第23回:妖婦へ変貌を遂げた牡丹 作者:雷亮 濁った色彩に彩られた重苦しい画風―西洋画のスタイルをとりながら、どこか中国的な色を失わない油彩画家の雷亮(レイ・リアン)。初期はあくまで油彩画の域を出ないモチーフや作画に終始していたが、近年は伝統的な国画(水墨画)と洋画を折衷した作風で...... |
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第22回:無機が生む生命体、うたかたの美 作者:郝世明 ひも状の物体が無数に寄せ集まり、絡まりあい、鳥や蝶を形成するというファンタジックな世界を水墨画で展開する画家・郝世明。色彩やニュアンスを持たない無機物のユニットの集積が血の通った生命体へと変化し、それらが写実的な山水の中を飛び回る様は、量感も密度も微塵も感じないほどにもろく...... |
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第21回:写実×ポップ・アート×水墨の妙 作者:熊明非 アニメ的な表現様式に多大な影響を受けながら、高いデッサン力を示すリアルな描画法を共存させ、「写実的ポップ・アート」とも言うべき絵画を展開する熊明非(シオン・ミンフェイ)は、驚くべきことに「水墨画家」の肩書きを持つアーティストである...... |
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第20回:書のような絵画
作者:閻秉会 抽象水墨の画家・閻秉会(イエン・ビンフイ)は、大胆なまでに簡潔にまとめられた力強い画風の作品が国内外で高い評価を呼んでいる。自身が書家や詩人としても活動していることもあり、その作品には時に文字要素が組み合わされ、また、描画手法自体が書道...... |
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第19回:卓越した芸術家の描く「童画」
作者:武芸 鷹揚で天衣無縫な人物像をその作品からみなぎらせている水墨画家の武芸(ウー・イー)を、美術評論家の郭暁川(グオ・シアオチュアン)は「画壇随一の非物質主義者」と形容する。思いのままに創作すること以外に興味を示さず、富や名声を顧みない。その世...... |
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第18回:水墨人物
作者:王勁松 「ポスト89(天安門事件以降)」を代表し、「玩世現実主義」とも呼ばれるアーティストの王勁松(ワン・ジンソン)。近年は写真作品の創作が目覚しいが、本来は水墨画、油彩画、映像、パフォーマンス、インスタレーション、音楽などと多彩な活動で知られている...... |
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第17回:生育
作者:劉慶和 現代水墨画界を代表するアーティスト・劉慶和(リウ・チンホー)は、日常生活の真実から遠く離脱していた水墨画の世界を現代生活に積極的にリンクさせたパイオニアである。90年代初頭に画壇に登場して以来、水墨における人物画を追究し、その作品は「...... |
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第16回:“不可解”な欲望
作者:孔千 朴訥といえるまでの牧歌的な風景画から、寓意を潜ませたような抽象的な人物画までを幅広く描き、中国画壇で独自の地位を築いている画家・孔千(コン・チエン)。複雑多様な作風のようにも思えるが、いずれも日常で得た着想を日記のごとく記録し、作品...... |
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第15回:玄影
作者:陳紅汗 「果たしてこれは水墨画と言えるのだろうか?」「そもそもこれは絵画と呼べるのだろうか?」抽象水墨画家・陳紅汗(チェン・ホンハン)の作品はかつて、そのような論議を生んだこともある。絵画か否か?を論じるまでもなく、その表現手法は映像、イ...... |
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第14回:フィンガープリント
作者:張羽 水墨画という限られたフィールドの中で長らく実験的創作を試みてきた画家の張羽(ジャン・ユー)。水墨画家でありながら具象物を描かず、中国の現代アートらしい極多主義的な創作を続けてきたこの作家は、ついには「創作」という行為そのものを作...... |
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第13回:描かれた空白 作者:梁銓 新奇を尊ぶ現代において、多くの芸術作家はこぞって「非伝統」を打ち出し、それによって刺激や躍動感を表現せんとする。そんな中、白いテープを無数に張りあわせたコラージュ作品群で知られる画家・梁銓(リアン・チュエン)は、作品の作為性をよ...... |
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第12回:水の滴る情愛世界
作者:雷子人 水墨画家・雷子人(レイ・ズーレン)の描く世界は、常に湿っている。作風もモチーフもしばしば流転し、一貫したスタイルを持たないように思えるが、それでも、作品は常に湿り気が充満している点で一致している。そしてその多くは、男女の情愛によっ...... |
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第11回:裸婦のいる水墨画
作者:靳衛紅 現代女性ならではの視点と極めて私的な感覚や閃き。確固たる歴史を誇る中国画の世界にこれらを盛り込むことで、現代水墨画への再評価を導いた画家・靳衛紅(ジン・ウェイホン)。精錬された技巧を拠り所に、伝統芸術の世界に新境地を切り開いた...... |
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第10回:スキンヘッドの男
作者:方力鈞 中国にとっての1989年。理想を抱く若者らは、「天安門事件」によって大きく昂ぶり、そして深い挫折を経験した。これを契機に90年代の北京から沸き起こった「シニカル・リアリズム」は、中国現代アート史における最大の潮流として、現在に脈々と引き継がれている。そのム...... |
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第9回:過激なスター
作者:安迪 有名人をモデルにした過激な作品で独自路線を突き進む中国人画家、アンディ(安迪)。彼が初めて有名人を描いたのは1988年。その時のテーマは背中に羽の生えたコン・リー(鞏俐)だった。その後、絵はどんどん過激になり、手ブラのファン・ビンビン(范冰冰)や全裸のシュ...... |
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第8回:飲食男女
作者:李津 中国画の絵筆を握りしめ、ざらついた画紙に人間と動物の生態をありありと描き出した「チベット組画(西蔵組画)」。85年に発表したこの作品を機に、現代水墨画家の李津(リー・ジン)は、日常生活を綴る日記のような表現手法―それは、まるで独白のような―を手に入れた...... |
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第7回:求道
作者:徐松波 中国の現代美術を牽引する新進気鋭の画家のひとり・徐松波(シュー・ソンボー)は、油彩画という極めて古典的な表現手法を用いながら、キャンバスの中に、ある種奇抜とも言える摩訶不思議な世界を展開する。しかしそれは決して、奇をてらったものではない。その作品には...... |
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第6回:消えゆく街 作者:王偉毅 写真家・王偉毅(ワン・ウェイイー)は、撮影活動をほかでもない「現実の記録」と考えている。「何を“現実”と捉え」そして「如何に“記録”するのか?」という点に、独自の流儀を表出すべく、作家としての道を歩み進めている...... |
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第5回:故宮百年
作者:候元超 作品背景中国の栄華を象徴する「故宮(紫禁城)」を真正面から捉えた大スケールの作品群で一躍、その名を世に知らしめた写真家・侯元超(ホウ・ユエンチャオ)。揺らぎない権力と繁栄を誇った宮殿を力強く描き出しながら、...... |
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第4回:母なる異郷
作者:東方龍 作品背景:中華系マレーシア人である写真家・東方龍(ドンファンロン)が、自身のルーツである中国の地に降り立ってから10年近い歳月が流れた。祖先を生んだ大地へ憧憬を抱き、異郷の風景に魅了され、シャッターを切り続けてきた彼は、いつしか彼の地で人気のネット写真家となっていた...... |
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第3回:798 作者:Sober Rock 作品背景:北京の郊外に「798」と呼ばれるアートエリアがある。広い敷地内にはギャラリーやアトリエが建ち並び、連日イベントやパフォーマンスなども行われている。現代アートを中心に数多くの作品がここから発信され、中国の一大アートスポットとなっている...... |
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第2回:忘却 作者:田太権 作品背景:かつて、七十年前後、中国で一つの内乱が起こっていた。権力闘争であり、引退していたかつての領主は国軍を動かすことができず、代わって「胸いっぱいの情熱、愚かで無知、愚直な忠誠心」をもった年のころ小学生から高校生までの若者を動かした...... |
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第1回:シルクロード 作者:李学亮 作品背景:悠久の歴史を刻み、壮大な自然を構えるシルクロード。その魅力にとりつかれた写真家・李学亮は一貫してその姿を撮り続けてきた。故郷である新疆を愛し、自然の美しさや厳しさを見つめ続けてきた彼の作品は、西域の褐色...... |